私がインプラントを手掛けてから、すでに30余年が経ちます。まだインプラントが普及する前のことです。当時、大学院生だった私は、ある女性患者さんの治療がきっかけで、インプラントを導入しようと、一大決心をしました。今でもはっきりと覚えていますが、その患者さんは、かぶせ物が取れては接着することを繰り返していましたが、最終的にダメになり、入れ歯になってしまったのです。それを仮歯だと思っていた彼女は、仮歯ではないことを知ると、大きな目から、一粒の涙がこぼれてきました。彼女にとって辛い出来事だったと思いますが、私にとってもショッキングな出来事になりました。
柳生飛弾守かインプラントか!?
かつて、江戸時代の武士・柳生飛騨守は、柘植(つげ)の床に、蝋石(ろうせき)の人工歯を並べた、総義歯を使っていました。時代は変わり、材質が木製からレジン床に、蝋石からセラミックに変わっただけで、江戸時代の入れ歯づくりと、何ら変わりがない。私はそんな江戸時代と変わらない当時の歯科医療が許せなかったのです。
それから資料を読み漁り、当時、インプラント治療の第一人者だった、故・乙部朱門先生を知り、門戸を叩いて弟子入りさせていただきました。師のもとで臨床経験を重ね、様々な術式に触れていき、ようやく理想とするインプラントと出会い、現在は大幅に改良を加えた大口式とOGA式を取り入れたインプラントを行っております。
今でも私の心の奥底には、涙した患者さんの思いが深く刻まれていますが、無理のない治療を心がけ、入れ歯にも積極的に取り組んでいます。インプラントがすべてだとは考えていませんので、一人ひとりに合ったベストな治療の提供に努めています。